聞きなれた音楽が心地良い理由

昔から、音楽を聴く心地よさについてひとつ疑問に思っていたことがありました。

 

それは、CDやレコードを買って、最初一回目に聞いたときと、何回も聞き込んだ後では、曲に対する印象が変わるということです。

 

具体的に言うと、好きなアーティストの新しいアルバムを買ったとします。最初に聞いたときは、「今回のはいまいちかなー、いいのか悪いのかよくわからないな」と感じているのに、何回か聞いていると「いいじゃん!このアルバム好き!」と思うようになることです。

 

もちろん何度聞いても良く思えないアルバムもあります。まあでも、好きなアーティストやジャンルで評価の高いアルバムであれば、だいたいがいい評価に変わりますよね。同じアルバムなのに、聞きこむと次第に好きになっていくのは、何故なのだろうか、と昔から不思議に思っていました。

 

たぶん、何度も聞いていると曲が記憶に残るので、記憶の仕組みと関係あるのだろうと、その程度に考えていました。

 

この疑問を説明するある仮説を、ある朝思いつきました。通勤中に車の中で音楽を流していたのですが、ふと、音楽は記憶というより予測と関係があるのでは、ということを思いつきました。

 

それは次のような話です。

 

動物は進化する過程において、知性を発達させてきました。動物同士の生存競争においては、頭のいい方が優位に立ち、生き残って種を存続させてきました。

 

原始的な知性には様々なものがありますが、その中に「先を予測する」という脳の働きが生まれ発達する過程がありました。「先を予測する」能力は、経験したことの記憶をベースにして、先に起こる危険を察知したり、場所を移動するときに道を選ぶために必要なものです。多くの動物が、危険を事前に予想して用心したり、縄張りを持ったりしますので、「先を予測する」能力は、脳が小さい動物でも持っている原始的なものだと思われます。

 

そして、その脳の働きに重要なのは、報酬回路です。生き物の行動の動機は、快と不快という情動が関係しています。快と不快は、脳内の化学物質が引き起こす脳の働きで、生物の生存と種の存続に関係しています。つまり、予想が正しかったときは快の状態になり、予想に反したときは不快になる、ということによって、予想するという脳の働きが強化されるのです。

 

その原始的な脳の働きが、音楽を聴く場合に影響しているというのが私の仮説です。何度も聞きこむと次にどの音が来るか、アルバムではどの曲になるかが予想できるようになり、その予想が当たることによって心地よくなる感覚が生まれます。これは人間の予測が当たると心地よくなるという報酬回路の領域と関係しているのではないか、と思うのです。

 

もちろんアルバムによっては、聞き慣れても心地よくならないものもあるので、「予測があたって心地いい」効果は、絶対的ではなく、音楽の好みの上に成り立つ限定的なものでしょう。ただアルバムなど曲順が決まっているものを楽しむというときには、影響が大きいように思えます。

 

同じフレーズを繰り返したり、覚えやすいメロディーの曲がヒットする、ということにも、この脳の働きは関係しているかもしれません。「慣れているものに安心する」と「予測があたって心地いい」というふたつは密接に関係しているので、この心理的な働きを利用すると、音楽以外のものでも心地よさを生み出す手段になるでしょう。

 

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